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今を生きていても、
そこに俺の生(せい)は何処にもない。
そんな俺自身の危うさに、
翔琉が紹介したのが今の主治医だった。
翔琉自身は、元々この病院の医者の息子で
俺たちのバンドの夢を
アイツは医大に通いながら、
二足の草鞋で追い求めつづけた。
バンド解散の後は、
そのまま実家の病院で、
研修医として歩き出した。
晴貴が旅立った後、
ドラムの煌太は、ずっと片想い中だった
晴貴の彼女でもある、成実の傍で寄り添い
悠生は、親父さんが大切にして来た
喫茶店を手伝い始めた。
動き出していく、
それぞれの時間を
肌で感じながらも、
俺だけは、その一歩が踏み出せない。
そんな暗闇が、
俺をあの日へと何度も何度も縛りつけていく。
思い返す記憶に、
震えることが出来る俺自身が
俺が一番許せる瞬間なのかも知れないと
何時しか思ってしまうほどに……。
そんな時間の中でしか、
俺は俺自身を保つことが出来なかった。
会計を待つ間も、待合のソファーに座って
無意識のうちに手を伸ばすのは、
美空の勾玉。
付き合ってた時間に、
何気なくデートで購入した
飾りっ気のない勾玉に
ただ皮ひもを通しただけのお揃いのアイテム。
俺自身の勾玉は、
あの震災の最中、失くしてしまった。
そして戻って来た、
勾玉は、美空んとこのおばさんから
形見分けに貰った、アイツのとお揃いの勾玉の片割れ。
*
なぁ、お前は今……
どうしてるんだよ?
寂しくないか?
*
勾玉を握りしめながら、
静かに目を閉じて、問いかける。
美空の声は届かない。
アイツを求めれば求めるほど、
アイツの声は届かなくなる。
「おっ、奏介。
今、診察終わり?」
病院内で声をかけて来たのは
白衣姿の翔琉。
「あぁ、会計済ませて薬貰って帰るよ」
「そっか。
無理すんなよ」
「あぁ」
何気ない会話を交わして、
アイツは仕事へと戻っていく。
電光掲示板に、自分の会計番号が表示されると
そのまま診察券をスキャンして会計を支払う。
そのまま処方箋を受け取って、
病院を後にした。
駐車場に停めてある
愛車のRX-7へと乗り込むと
キーをまわしてエンジンをかけた。
助手席が空席になって
半年が過ぎたんだな。
そのまま車を走らせて、
病院を後にすると、あてどなく車を走らせる。
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