プロローグ

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「……え?」 俺は、思わず聞き返した。 彼女にとって、この罪に対する『然るべき処罰』=『死刑』なのだろうか? だが、彼女からの問いに俺が答えるわけにはいかなかった。 「いや、そうと決まったわけじゃあない。それを決めるのは裁判員達だから。俺じゃない」 俺がそう答えると、美紗は「そう」と再び俯いた。 そして、再び彼女が口を開いた時、俺は彼女のとんでもない事情を知ることになるのである。 「……死刑になってもいい。私のこの罪が死刑に値するというのなら私はそれに従おう。だけど、それでも私はあの人を赦さない。あの人はそれだけの罪を犯したのだ。赦すわけにはいかないのだ。そもそのあの人なんか生まれてこなければよかった。そうよ、そうに決まっているわ。だってあの人が生まれてこなければ世間に愛されるのは私のはずだった。何故あの人ばかりを両親は可愛がるの? 何故あの人ばかり幸せになっていくの? ……私には理解できない。両親にも愛されず、恋人だったはずの人にも愛されず、友達にも恵まれなかった私には、あの人の事なんて分かりはしない。逆も言えるわ。親に愛され、友達に恵まれ、『私の』恋人だったはずの人にも愛されるようなあの人に私の気持ちなんて理解できないでしょうね。そうよ。私の気持ちなど誰にも理解されないのよ。あの人にも。両親にも。あなたにも。――神にさえも。」 ――その瞬間、俺は、美紗の美夜に対する恨みは本物だと感じた。 背筋がゾッとする。なにも言えなくなってしまった。 美紗のその言葉は『この罪は神にさえも赦させはしない』と言っているような気さえした。 ――取り調べが終わり、取調室を出た所で俺は深く息を吸った。自分の気持ちを落ち着かせる為である。 美紗の、美夜に対する強すぎる恨み。 それを神にさえも赦させはしないという、美紗の心境。 考えれば考えるほど、俺が深みに嵌ってしまいそうだった。 やめよう。これ以上考えるのは。 やるべきことはやった。あとは裁判だけだ。そこで美紗がどう言われようと、美紗はそれを受け入れるのだろう。それだけだ。それだけでいいのだ。 そう考えながら、俺は資料にまとめる為に自分のデスクがある場所に戻った。
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