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「そりゃ君がそう思い込んでるだけだろ?『資本主義』っていうゲームのルールの表面を見てるだけだろ?断言してもいい、君がお金を集めたとして、君は何もできないし世の中は良くならないよ。」
それでも相手―篠原と名乗った、ネット世界の向こうのプレイヤー―は、言葉を返してくる。
うざったいな、と健治は思った。何だってちょっと手を滑らせて書き込んだ俺の言葉で、こんなにも絡まれなきゃいけないんだ。
健治の中で抱えてきたゲームマスターという単語、それをうっかり人前で使った。相手が意味を訪ねてきたので、適当に返した。
それがどういう訳か、いつの間にか健治の人格まで否定されかねない勢いになっている。こんな事ならさっさと流してくれた方がまだマシだった。
「そもそも君は何のためにお金を稼ぐ?何のために生きているんだ?資本主義のルールで勝ったとして、それに何の意味があるか考えたことはあるのかい?」
その言葉に、健治のイライラはさらにつのった。何を言い出すんだ、こいつは。
「はぁ?w」
健治は選んで挑発的な文章を返す。もはや完全に喧嘩腰だ。文末に「w」の文字を付けるのはネット世界でのスラング。過去には「(笑)」とされていたものが圧縮されたものだ。良い意味でも悪い意味でも使われるが、この場合の意味は完全に後者であり、嘲笑を意味している。
「稼ぐのに、資本主義の世界で勝ちを求めるのに、わざわざ理由が要るってのか?www」
更に「w」の文字を重ねる。その表面的な意味合いとは裏腹に、重ねられた文字は健治のいらだちの強さを表していた。
―資本主義のこの世の中、勝たずにどうするっていうんだ。資本主義とはつまり、奪い合いであり、生き残りのゲームだろ?
勝たなければ、人より上に行かなければ、その先に待っているのは破滅であり、死じゃないか。
健治が思い描くのはかつてテレビでみた光景。孤独死、引きこもり、ワーキング・プア。そこにはひたすらに悲惨な、救いのない世界があった。
窮状を訴えても誰も助けてくれない。働きたいのに仕事が見つからない。保護を申請してもなかなか通らない。
毎日の食費を切り詰め、娯楽を諦め、毎日酷い条件で朝から晩まで働く。それが経済という戦争で負けた敗者の姿なのだ。勝てなければ自分もああなるのだ。
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