第三章 救われきれないもの(3)

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健治は憤慨していた。相手の甘っちょろい言動に憤りを覚え、自問自答により相手への怒りを重ねていた。 今更この世界を否定して何になる?勝ちを否定して何になる?そんなことしても何にもならない。それは敗者の慰めにしかならない。 力こそが、勝ちこそがこの世界を変える根源なんだから。勝者にしかこの世界を変える権利はないのだから。何故それが分からない? 「そうじゃない。勝ちを目指すななんて言わない。ただ、君は何のために勝つかわかっていないだろう?」 ―何のため?自分のために決まってる。自分が生き残るため。例え他人を蹴落とすことになっても、自分の身を守るためさ。 「聞かなくても今までの言動を見る限り断言できる。君は分かっていない。」 ―だから何が分かってないって言うんだ。お前がどんな事を考えてるか知らないが、お前みたいな甘ちゃんよりはよっぽど現実を見てるさ。 「だから仮に経済で一時的に勝ったとしても、君には世界をコントロールなんてできない。それが言いたかったのさ。ま、そもそも勝てもしないと思うけどね。」 「何でそんな事が言える!」 自分の目標をあっさりと否定され、健治は激昂する。 多くの人間にとって、目指しているものや、それまでの人生を否定されることは耐え難いものである。「お前のやってきたことは無駄だった」と言われるようなものだからだ。それは人生観の否定。人格の否定。 ―お前みたいな人間に何ができる? ―お前なんて、居てもいなくても変わりないんじゃないか? ―そもそもお前は、何故生きている? 健治の頭の中で、相手の言葉がそんな風に拡大解釈される。篠原と名乗った相手の言葉が、形を変えて健治の心を抉り取ろうとする。 普通に考えれば被害妄想。だが、中野亜紀に振られ、ゲームで負けたばかりの健治の心中は穏やかではなかった。なんだか世の中が全て、自分を否定しているように思えてきていたのだ。 そんな健治に唯一残っていた「ゲームマスターになる」という目標。それが、ゲームで会ったばかりの相手にあろうことか土足で踏みにじられようとしている。 弾けるように生じたその激しい怒りは、あるいは健治の生存本能だったのかもしれない。相手の言葉で殺されないための、身を守ろうとする心の働き。
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