204人が本棚に入れています
本棚に追加
「…イリヤ様…」
はぁ、とオレクが溜息を吐き出す。
「…戦がなくなったのはいい事だ。兵達も余計な戦いで命を落とす危険がなくなったのだから…だが…俺にとっては困った事だ…。逃げる場所がなくなった…」
「イリヤ様…」
オレクが困ったように顔を顰めた。
「…お察し致しますが…」
イリヤは肩を竦める。
「俺はインに捕まったままの方が楽だったかも」
「イリヤ様! 」
オレクが咎めるように声を張り上げてイリヤは冗談だよと軽く流す。
冗談でも言っていい事と悪い事がありますとオレクのお小言が続くがイリヤは適当な相槌を打って流すだけだ。
今回の締結に関してもまたイリヤの名が先走ってしまう事になるだろう。だから調停には兄上の内の誰かを、と言ったのに…父王が指名したのはイリヤだった。
勿論イリヤは王子であるし、軍に所属もしているから適任なのは分かっている。
王宮からろくに出た事もない兄王子達が長い旅に耐えられないだろう事も考慮しての事も分かる。
だが、民からの絶大な支持を考えればそれ位我慢しろよな、とイリヤは言いたい。それでイリヤを逆恨みされるのだから頭が痛くなる。
「…出奔しちゃおうかなぁ…」
「イリヤ様! 」
またオレクの雷が落ちる。
余計な一言にくどくどしいお小言がまたさらに声高々に始まって失言だったとイリヤは小さく息を吐き出した。
オレクはイリヤの教育係で剣技に優れた腕を見せたイリヤの為につけられた師匠でもあった。今ではオレクが手抜きをしているのではない限り五分五分以上の腕にまでイリヤの剣技は上達した。兄達は剣技など、と見向きもしない中、戦いの中では身分関係ない、技がすべての世界がイリヤの気質に合っていたのだろう。
そしてそこがまた兄達のプライドを傷つける事になり、ますますイリヤの立場が悪いものへと変わっていってしまうのだからどうしようもない。
全部が悪循環だ。
イリヤが望んでいないのにも関わらず、だ。
本当に国に帰りたくないな…とイリヤはオレクに気付かれないようにもう一度溜息を吐き出した。
最初のコメントを投稿しよう!