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寂れた酒場で男は一人、酒を呑んでいた。店内は昼間のせいか閑散としておりとても静かで、酒場の店主がグラスを拭う音がさえ響きそうだ。男は旅人なのか、大きな荷物を抱えていた。服装は全体的に黒っぽく顔は口元をフードで覆い、その隙間からチビチビと酒を流しこんでいる。かれこれ一時間近く、男は一人で酒を呑んでいる。今まで無言を貫いていた店主も限界を感じ、男に話しかけた。この町では殺傷沙汰は日常茶飯事だし、どこで誰が死のうが店主二は関係ないことだけれど、自分の店を汚い血で汚されるのは嫌だった。この男が何かを狙ってここにいるのならすぐに立ち去ってほしいという気持ちもあったが、それらを微塵も感じさせない気楽さで店主は言う。
「おたく、旅人みたいだけれど、誰かと待ち合わせでもしてるのかね?」
覆面の男はグラスを置くと、店主を見た。
「まぁ、老婆心から言わせてもらうけどよ。ここらへんは物騒だぜ。人殺しにドラッグ、売春に強盗にスリ、それこそ人間のデットライン、頭のイカレた連中が行き着くヘドロの底だ。おたくみたいな旅人は真っ先にカモにされて身包みはがされておしまいさ」
いや、おしまいどころか命すら奪われるだろう。なぜなら死体だって金になる。人の死体を好んで食べる偏食家だっているのだ。そうでなくても人の身体、特に内臓は高値で取引される。この街に一歩でも足を踏み入れれば全てを失うのだ。
「問題ない、私はそこらのチンピラにやられるほど弱くはないからな、ところで店主、一つ聞きたい」
「そうかよ。なんだよ」
「この街のボスはどこにいる? いや、その幹部でも構わない、情報を売ってくれ」
と袋に詰められた金貨をジャラリと差し出した。店主は目の前に座るこの男がただ者でないことを改めて認識すると、
「お前さんがどんな理由でボスに会いに行くかは聞かねーし、興味もねぇけどな、やめときな、ボスはそんじょそこらのチンピラとは違う、この街そのものさ。ボスと関わればこの街から出ることはできねぇーんだ。身包みどころの話じゃねえ、命を断つほうがマシだって思えるような仕打ちを受けるぞ」
この街を取り仕切るボスは数多くの傘下を引き連れている巨大なギャングだ。男の目的がなんであれ、ボスと関わるということは、この街の暗部に触れることと同じだ。店主も、売り上げの何割かをボスに献上することで店を切り盛りしている。情報を売ったなんてなれば
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