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「その結果が『結婚』?」 「ええ、私も安直だと思いますけど……。」  それが権威や縁故に弱い理事たちには一番効く。 「……そこまでして貴俊を引き入れたい理由は何?」  途端に万葉は顔を強張らせる。  江梨はその様子にちらりと辺りを見回した。 「……当て推量だけど、経営が厳しいの?」 「え……?」 「――校舎は建て替えてあるのに、調度品は新しく入れ替えてないみたいだから。」  人目につきにくい事務室ならともかく、来賓玄関の靴箱も年代物だったのを江梨はしっかり確認していた。 「人目につく来賓玄関の靴箱を、古い靴箱のままで交換していない。事務室横のチャイムも旧式。古い建物なら分かるけど、新しい校舎には不釣り合いよ。」  万葉はその指摘に黙り込む。 「私も会社を経営してるから分かるけど、お客様を迎える所にお金が掛けられないのは経営が苦しい証拠だわ。」  ――見透かされる。  明るい茶色の瞳に見つめられて、江梨の瞳に高津と同じような鋭さを感じる。  ――するどい観察眼。  万葉はしばらく黙り込んだ後、観念したようにため息を一つ吐き、江梨の問いに応えた。  建物の老朽化に伴う改修工事をするにも、莫大な費用が掛かる。  しかし、近年の少子化の煽りを受けて寄付金は集まらず、学費滞納者も一定割合は出る事もあり、ここ数年は赤字経営に陥っていた。 「確かにおっしゃる通りです。何とか『科学技術推進』を謳う事で、助成金が出ていますが……。」  それが打ち切られたら、一貫の終わりだ。 「――久保さんに助けて貰いたい。それが本音です。」  万葉は気分転換をしようと、冷め掛けたコーヒーを口にした。  ――苦くて渋い味。  そして、深呼吸をする。  江梨もソファーに深く座り直した。 「なるほどねえ……。」 「この学園を私が立て直せれば一番なんですけど。」 「……万葉ちゃんが?」  その言葉に何かを思い付いた様子でにっこりと笑う。 「それなら、私と取引しない?」 「……取引?」 「そう、万葉ちゃんにも悪くない取引よ。」  そして、久保の自由の対価に万葉に経営のいろはを教える講師をする提案をする。 「講師って言ったって、そんな堅苦しくなく考えないでね? 飲み友達が出来るとでも思って。」  そう言いながら、日本での取引用に作ってきた名刺を万葉に渡す。
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