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 万葉はそれを受け取ると目を丸くした。  ――有名ホテルの取締役の肩書き。 「……あの、お忙しいんじゃ。」 「確かに理事まではできないけど。」  そういうと、ハンドバッグからシステム手帳を取り出してメモを書く。 「これ、プライベートな連絡先。貴俊なんかより、ずっと頑張るわよ!」  と、からりとドアが開く。 「……誰が頑張るって?」 「げ……。」 「――江梨姉、何で、ここにいるわけ?」  万葉が振り仰ぐと、そこには呆れた様子の久保が立っていた。  ここ数日、どこを探しても見当たらなかったのに、久保は何事も無かったかのように江梨の傍に来る。 「――だってぇ、土地勘無いしぃ?」 「……正門出れば、喫茶店の看板が見えるはずだけど?」 「で、でもぉ~、喫茶店は開いてない時間でしょう?」 「チェーン店だから、朝7時には、やってるよ。」 「へえ……日本人、本当、朝早いのね……。」  久保が凄むから、江梨はすっかりたじたじになっている。  万葉は、自分を無視し続ける久保を睨み付けると、冷たい声で応じた。 「……久保さん。」  その声に久保はちらりと視線を移す。 「――江梨さんは私がお招きしたの。」 「万葉さんが……?」 「ええ。だから、今の江梨さんは私のお客様よ。あなたにとやかく言われる筋合いは無いわ。」  刺のある言い方にカチンと来たのか、久保も苛立ちを露わにする。 「異母姉に何かご用ですか?」  ―― 一触即発な雰囲気。  びりびりと辺りの空気が張り詰める。 「あなたには関係無いでしょう?」 「な……ッ?!」  と、するりと江梨は久保の腕を取った。  そして、久保と目が合うと首を横に振る。 「……後で、ちゃんと話すから。」  憤然としながらも江梨に止められると、久保は不服そうな表情のままで押し黙る。 「……久保さんこそ、事務室に何かご用ですか?」 「――領収証、渡し忘れてたんで、お持ちしたんです。」  そう言われて久保から領収証を受け取る。 「確かに受け取りました。」  そう言って淡々とやり取りをする二人は「夫婦」どころか、「友人」と呼ぶ事さえも、ままならないような険悪ムードだ。  万葉は領収証を受け取ると、江梨に向かってのみ、軽く会釈をしてから、自分の席へと戻っていく。  江梨は久保の腕を引くとそっと耳打ちをした。
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