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「貴俊。……女心はね、こんがらがった糸より複雑なのよ? 無理に引いたところで糸が切れるだけ。」 「――唐突に何?」 「とりあえずこれだけ言っておくけど、万葉ちゃんにとって結婚は『手段』であって『目的』じゃないわ。」 「はい?」 「……どうして万葉ちゃんがそんな『手段』に出たのか、ちゃんと考えなさい?」  ――手段であって、目的ではない。  江梨の謎掛けに首を傾げる。 「……それって、どういう意味?」 「自分で考えなさいよ、それくらい。……で、他にも何か用事はあるの?」 「いや、特にないけど。」 「それじゃあ、こっちはこっちで楽しくやってるから、あんたはあんたで仕事してらっしゃい。」 「ちょ、……江梨姉ッ!!」  そして、そのまま背中を「はい、出ていった、出ていった」と押され、久保が廊下へと出ると、事務室のドアはぴしゃりと閉められる。  久保は少しよろめきながら、締め出されたドアを睨み付けて、眉根をぎゅっと寄せた。 「……ったく、何だよ、もう。」  答えが分かっているなら教えてくれれば良いのに、肝心な事はいつも「自分で考えろ」と言う。  久保はムスッとした表情のまま、様々に考えを巡らせ始めた。  ――結婚が「手段」。  では、一体、何を目的に「結婚」と言っているのか。  江梨の言葉に頭を悩ませる。  一方、江梨は万葉に向かってブイサインをしてみせた。 「追い出し、成功ぉ。」 「良かったんですか?」 「いーの、いーの。あんな分からず屋。それに家の鍵は私が持っているんだから。」  くすくすと笑いながら、ソファーに戻って腰を下ろす。 「まだ心の整理がついてないんでしょ? それに、あの子も自分ばかりが苦しい気になっちゃって、嫌んなっちゃう。本当、成長が見られなくてねえ。」  そう言って悪態を付く江梨の向かいに、万葉も再び腰を下ろした。 「――昔にも似たような事が?」 「そうなのよ、日本に逃がしたのは私だけど、まさか帰化しちゃうとはねえ。」 「え? 帰化?」  江梨の名前が英語なのを訝しく思っていたものの、詳しくその経緯を聞くと、万葉は苦笑いを浮かべた。 「じゃあ、送り出してくれた江梨さんに断りなく帰化しちゃったんですか?」 「そうなのよー。薄情でしょう?」  二人して、その後は久保の悪口になる。
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