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 そうするには、久保に嫌われる覚悟が足りない。  万葉は洗顔フォームを元の位置に戻しながら、流し終わった泡に、人魚姫の海の泡になった最期を重ねた。  ――恋に生き、恋に破れて、散っていく。 『……気ならとっくに狂ってるよ。』  カウンセラー室で聞かされた久保の亜希に対する想いはとても大きくて、あの日、傷付いた彼自身を潰してしまいそうに見えた。  ――天井を見上げる横顔。  ――哀しげなアンバーの瞳。  どんなに想っても、愛しい人には伝わらない。  あの日、号泣してしまったのは、もしかしたら未来の自分の姿が見えたからかもしれない。  ――気ならとっくに狂っている。  止めたいと願っても、心は既に言う事を聞いてくれない。 (……本当、久保さんの言う通りね。)  嫌になるくらいに彼が愛しくて、バカな自分に呆れてしまう。  ――愛している。  どんなに傷付き、傷付けられても、嫌いになんてなれない。  そんな万葉の物思いなど知る由もなく、父親は長い沈黙の後、目を泳がせながら「高津さんは……」と声を掛けてきた。 「――あの人がそんな事を許すわけがない。」  高津は万葉と久保の結婚をずっと推し進めて来た。  それが頓挫していたのは、久保がそれを長く拒否し続けていた為なのだが、その障害が無くなったのなら、高津は万葉の意見を聞き入れないだろう。 「折角、久保くんが折れたんだ。その状態で『やはり止めたい』なんて言ったら、それこそ高津さんとの関係に罅が入る。」  しかし、万葉は首を横に振ると「そうはならない」と返す。 「……今の高津さんは大丈夫よ。彼の最優先事項は、『亜希さん』だから。」  電話口の高津からの忠告を思い出す。 『――亜希を傷付けるなら、誰であっても容赦はしない。』  あの時、高津の想いが思いの外大きい事に驚かされた。 『亜希を苦しませるのは俺だけの特権だ。』  そう話した高津の声は、ゾクッと寒気がするくらいの殺気を孕んでいた。 「……あの人の思惑通り、彼の元に亜希さんは戻ったわけだし、協力した私の意見を無碍にはしないでしょう。」 「協力?」 「ええ、亜希さんが高津さんを頼るようにね。」  亜希を呼び出し、一戦を交えた後、高津に電話して慰めるように促した。
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