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一方、その頃の久保家では、朝から江梨がユニットバスの鏡と睨めっこをしていた。
入り口では久保が苛々しながら待っている。
「うわーん、アイラインが上手く引けなーいッ!」
「……大丈夫だよ、引けてる、引けてる。……ってか、そろそろそこを代わってくれない? いい加減、身支度しないと遅刻するから。」
「――良くないッ! この目尻のところが綺麗に引けるかどうかで、女は五歳は若返るんだよッ?!」
「あー、もう。じゃあ、身支度を部屋で済ませるから、髭剃りだけは取らせてよ。」
手を伸ばして電動髭剃りを手にすると、アイラインに四苦八苦している江梨をそのままに、部屋に戻ってコンセントに刺す。
江梨に一度は起こされたものの、その後は夢を見ることもなく、生来の寝付きの良さでぐっすりと眠れた。
(久しぶりによく寝たな……。)
江梨の一喝を受けて、心の澱もだいぶ取れたのだろう。
ここ数日の鬱々とした気持ちは幾分晴れていた。
「貴俊ぃ、今、何時ぃ?」
髭を剃り終えて、目覚まし時計を見ると7時を超えている。
「7時過ぎ。どんなに遅くてもあと20分で家を出るからな。後は戸締まりして出掛けて。」
「えーっ、嫌だあ。」
「嫌なら、早くトースト食べなよ……。」
ため息を吐いて、電動髭剃りを片付けがてら江梨を呼びに行くと、今度は髪を弄っている。
「食べないの?」
「……食べる。あと、インスタントでいいからスープも付けて。」
「はいはい。」
そう言ってやかんを火に掛けると、シンク下の戸棚を探り、コンポタの袋を取り出す。
「よし、出来た!」
バレッタのパチンと止める音がして、江梨がユニットバスを後にすると、トーストを立ち食いしながら、久保がスープを作っていた。
「おお……、出来てる、出来てる。」
久保は冷ややかな眼差しで片眉を上げる。
そして、やかんを五徳に置くと口の中味を飲み込んでから、「あのねえ」とぼやいた。
「いただきまーす!」
「はいはい。」
他の家の「姉と弟」がどんなものか分からないが、ひとまず我が家は同じ「弟」でも「舎弟」のように思われる。
「何、湿気た顔してるのよ?」
「悪かったな、湿気た顔で。」
「可愛くなーいッ!」
30近い弟を前に可愛さを求める時点で間違いだろうと思ったが、言うと余計にぶつくさ言われると思ったのもあり、久保はただ不貞腐れるだけだった。
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