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 食べ終わると再び洗面台の奪い合いになる。  そこでも久保が折れると台所のシンクで歯磨きをした。 「貴俊ぃ~、7時半回ってるよー?」 「……なッ?!」  慌てて荷物を手にして、江梨と共に部屋を出る。  鍵を締めて振り返ると、江梨は既に外階段を降り、階下で手を振っていた。 「早くう~。」  思わず頬が引きつる。  久保は駐車場に着くと、やや乱暴にドアを開けた。  ちゃっかり助手席に江梨も乗り込み、シートベルトを締める。 「ちょっと江梨姉、どこに行くのか知らないけど、送っていく余裕無いんだけど?」  久保が苛立ち混じりにエンジンを掛ける横で、江梨はしれっとしている。 「良いのよ、貴俊の勤めてる学校に行くんだから。」  それが余りに自然だったから、久保も一瞬納得しかけた。 「そうか、それなら良いけど……、って、エエッ?!」 「何よ、耳元でうるさいわね。」 「いやいや、なんで学校に来るのさ?」 「授業参観よ、授業参観。」 「あのねえ……。」 「どうでも良いけど遅刻するわよ?」  久保は車の時計と江梨を交互に眺めて、「あー、もう!!」と一声叫ぶと諦めて車を発進させた。 「授業参観とか、本当に無理だからなッ! 着いたら電車に乗って帰れッ!」 「やーん。」 「『やーん』じゃないからッ!」  悪怯れる様子の無い江梨の様子に道すがら悪態を付く。 「全く毎回、毎回、何でこう横暴なんだか。」 「あら? 何、言ってるの? こんなに弟想いの良い姉はいないわよ?」 「それ、ありがた迷惑だからッ!」  ぷんすか怒りながら、幹線道路まで出ると、時計と睨めっこをしながら急ぐ。  江梨といると、息を吐く暇もない。  少しでも亜希の事が過った次の瞬間には現実に引き戻される。  これが江梨なりの気遣いなら、それは確かに功を制していた。 「そんなに怒らないでよ? 働き詰めで、折角、バカンスに来た姉に。」 「……だとしても、少し自重してよ。」  そうじゃないと身が保たない。 「チェーッ。じゃあ、どこかで時間潰してるわよ。」 「……ぜひ、そうして下さい。」  そう言って横目で江梨を見れば、久保なんかそっちのけで窓から見える街並を物珍しげに眺めている。 (全く、一体、何しに早起きまでして、くっついて来たんだか……。)  時差ボケで眠たそうな眼の江梨に呆れてしまった。
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