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 学園に着いたのは始業時間の5分前で、久保は急いで江梨に家の合鍵を手渡す。 「それで家には入れるから、気が済んだら帰ること。」  そして、慌てて職員玄関へと走っていく。 (うわ、本当に置いていったよ……。)  江梨は面白くなさそうにポケットに受け取った鍵を突っ込んだ。  コンクリート造りの建物は、幾分涼しくなってきたとは言え、朝日を浴びて再び熱を持ち始めている。 (時間が時間だけにカフェも空いていないだろうし。)  江梨は途方にくれて、つまらなそうに足元の小石を蹴ると、ひとまず夏休みで人の気配のあまりしない学校の中を見て回る事にした。  ――桜並木に、銀杏並木。  どれも青々とした葉を広げている。  中でも一番大きな木は欅の木で、幹まわりもかなり大きなものだった。  ――足元の日陰がゆらゆらと動く。  風にそよぐ木陰を歩みながら、江梨はその枝葉越しに、空を見上げた。  ――抜けるような青い空。  こんなに空は広いのに、どうしてヒトは地べたを這い擦り回り、心砕いて生きているのだろう。 (……貴俊だけでも「自由」に生きられると思っていたのに。)  久々に再会した異母弟は取り戻した自らの「心」を、再び手放してしまいそうに見える。  そして、感情の無いロボットのような異母弟に戻ってしまうと考えるだけで、ゾッとさせられた。  ――どんなに足掻いても。  ――結局、籠の中に戻されてしまうのか。  時差ボケもあってか、久保が再び眠った後もなかなか寝付けずに物思いに耽った。  久保は亜希の事を「諦めた」と口にしながらも、一度眠ると、うわごとで彼女の名を何度も呼ぶ。  その姿が幼い頃の久保に逆戻りしてしまったかのようで、ひどく胸が痛んだ。 《――お継姉ちゃん。一緒に寝て良い?》  昼間は継母の祥子の目があるからか、遠慮して甘えて来ないものの、時折、夜中に屋根裏部屋から降りてきて不安そうな顔で揺り起こされる。 《また、怖い夢を見たの?》 《……うん。》  その夢の内容は「思い出すのも嫌だ」と言うから具体的に訊いた事はないものの、一緒のベッドに身を寄せて眠ると久保は決まって同じうわごとを呟くから、ある程度の内容は推察できた。
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