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「あなた、理事長の娘さんって知ってる?」
「ええ、まあ……。」
「――本当?! どんなヒト??」
一方、万葉は満面の笑みを浮かべて自分の事を訊ねてくる不審な女性に身構えた。
どうやら自分が探している当人だとはつゆとも思っていないらしいが、「ばれたくない」と言うからには何か後ろ暗いところがあるのだろう。
万葉が警戒を露わにすると、謎の来訪者は少しおどけるようにして笑った。
「――いやあね、弟にくっついて構内をうろつけば、簡単に会えるかなあと思っていたのに、さっき着くなり『帰れ』って言われちゃって。」
「――弟?」
「ええ、『久保 貴俊』って言うんだけど。」
来客を装って近付こうにも肝心の名前も聞きそびれているし、「帰れ」と言われた手前この場に長居は出来ない。
「でも、せっかくここまで来たんだから、こっそり『理事長の娘さん』がどんな人か知りたかったの。」
万葉は驚いて目を見開いた。
言われてみれば、確かにチャーミングな笑顔の口元が久保のそれとよく似てる。
「……久保さんのお姉さん?」
「ええ。江梨って言うの。エリーって呼んで?」
「エリー?」
「ええ、亡くなった母が付けてくれた大事な名前なの。」
そして「あなたは?」と首を傾げて訊ねてくる。
「え、あ……万葉です、けど。」
「万葉ちゃん、ね? よろしく。」
にこにこと人好きしそうな笑顔を振りまく江梨の様子に、警戒はいつの間にか解けていく。
――無邪気な笑顔。
それは久保が子供達や亜希に見せる笑顔に近い。
――ずっと欲しかったモノ。
万葉の表情が僅かに曇る。
江梨はその僅かな変化を見逃さなかった。
「そんなに畏まらないで。無理なら無理で良いの。また他の手を考えるから。」
「……他の手?」
「そう。貴俊が『頼むから、大人しくしてて』って喚くだろうけどね。」
万葉は困惑する久保の姿を思い描いて、思わずふふっと笑みを溢した。
「――そんなの講じなくて大丈夫ですよ?」
「え、じゃあ、紹介してくれる?」
「……紹介するも何も、もうこうして会ってるじゃないですか?」
「え?」
呆気に取られた江梨を前に、万葉は来賓玄関を指し示すと「暑いので、続きは中で話しましょう」と促す。
「あなたが……、理事長の娘さん?」
「はい、倉沢 万葉と申します。」
江梨は目を点にしたまま、促されるままに万葉の後を追い掛けた。
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