遠方より来たる

2/4
前へ
/16ページ
次へ
「失礼します」 痛い目に遭わされたことは一度もないが、この部屋に入る時にはいつも緊張する。 「忙しい中、ありがとう」 総経理(しはいにん)は目を糸にして笑っている。 いつもこういう邪気の無い顔つきをしてくれていればいいのに。 「これが新しい曲の楽譜だ」 差し出された数枚の紙を受け取る。 タイトルは「花様年華(花のような時代)」。 少し前に周【王+旋】(ジョウ・シュエン)が歌って流行った曲だ。 ――美麗的生活(麗しい暮らし)。 周?の高らかに歌い上げる甘い声が耳の中に蘇る。 「三日後に北平から客が来るまでに仕上げて欲しい」 「はい」 私は楽譜から目を上げて頷いた。 総経理は普段の三白眼の面持ちに戻っている。 この人がこんな風に話題にする「客」は、舞女と踊るのが目的で来る男ではない。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加