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ーーー☆ーーー
ざ、ざざざ………
ーーー☆ーーー
「や、やだ……仁介、死んじゃやだぁっ」
悲鳴が聞こえた。
聞いたこともない声だった。
(千佳……? はは、なんつー声出してんだよ……)
理由は分かっていた。
倉木仁介のせいだ。
「くそ、くそくそくそっ! 止まって、止まれよっ!!」
(ばか……血で汚れてんじゃねえか)
千佳は地面に倒れた倉木仁介の肩を押さえていた。
その結果、血で汚れた。
「う、うあ……ああああああっ」
(ったく。さっさと逃げればいいものを……)
幼馴染みを突き飛ばした。
その結果、左腕が丸々消し飛んだ。
肩辺りの断面から見たこともないほどの血液が噴き出していた。こんなに出してはいくら治りが早い倉木でも死んでしまうだろう。
だったら。
もう長くないのなら。
「ば、ばかっ! なんで立つのよ!?」
「やる、ことが……あるからだ」
足に力が入らない。
視界はぼやけている。
死の気配ってやつがすぐそこまで来ているのを鋭敏に感じ取れた。
だからこそ、あの怪物へ立ち向かおうと思えた。
「大袈裟、なんだよ……こんなの、千佳が彫刻刀でつつくのと、変わらねえって」
「そんなわけないじゃん! だって、こんなの、やだ、ごめんなさい、もう仁介を傷つけたりしない、どうして私を助けてそんな、見捨てればよかったのよ! これからは夜食にお菓子食べるのも我慢する、なんだってする!!」
「おいおい……落ち着けって」
様子がおかしかった。
前後の文脈が繋がっていない。
そんなに錯乱されては困る。
彼女だけでも逃げてもらわなければ、命をかける意味がない。
……死ぬ意味がない。
なのに。
せっかく人が決意したというのに、この幼馴染みは決死の覚悟を斬り殺してくる。
「だから生きてよっ! お願いだから私を置いていかないで!!」
「……ったく」
状況は絶望的だ。
ここらは人通りが少ない一本道。そもそも人が通ったところで呆気なく殺されるだけだし、あの怪物から『二人とも』逃げることなど不可能に近い。
それでも千佳は生きてと言った。
それを聞いてしまったら、もう決死の覚悟なんて陳腐なものに頼るわけにはいかなくなるではないか。
「しゃーねー。いっちょ生き残ってみますか」
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