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38歳、主婦。
子どもは12歳になって、ますます生意気。
「ついこの前までおっぱい飲んでた癖に」とか「だれがオムツ変えてたと思ってるの」とか、親子の心理的距離を遠ざけることはあっても近づけることのない無駄な台詞を何度飲み込んだだろう。
TVを見ても、退屈なメロドラマばかり。
かといって、ほかにしたいこともないし。
うんざりした気持ちで時計を見ると3時を過ぎそうだった。
「ああ、夕食の準備しなきゃ・・・・・・」
誰もいない、けだるい空気の立ちこめた部屋の中でためいき混じりにつぶやく。
「仕事でもしようかな・・・・・・」
と、言ってもここまで専業主婦で来てしまった。今までに働いた経験と言えば、大学卒業から結婚までの、たった2年間。よくある雑用中心の事務だったっけ、と思いながら、昨日の新聞に求人広告が挟まっていたのを思い出し、古新聞置き場から拾い出す。
「時給、900円で介護ねぇ・・・・・・」
特別やりたいことでもないし、金銭的に余裕があるわけではないが、生活に困るほど低所得でもないし、本当に興味がある訳では無い。
斜めに募集をみただけで、また広告を元の場所に戻す。
その時、小さめの手書きのチラシが目にとまった。
〈あなたもビートルズを演奏しませんか?〉
(習い事か、悪くないかも。)そう思って、そのチラシを取り上げる。
そこには、地域交流センターの習い事一覧が載っていた。どれも格安で、練習場所も公民館だから徒歩で通える距離だ。
(そういえば、旦那が買ってきたままホコリをかぶっている楽器があった気がする。)
それは、3年くらい前に、旦那が高校の同窓会の翌日に、うきうきした様子で買ってきたものだった。「おやじバンドって、格好いいよな」と、言っていたけれど、わずか一ヶ月で解散した、オヤジーズ。もったいないし、ちょっと借りてみても良いかも。
私は、久しぶりに少し楽しい気持ちになって、時計を見る。
「あ、買い物に行かなくちゃ。」
チラシを家計簿に挟むと、あわてて自転車の鍵をつかんで家を後にした。
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