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 ほこりが積もった参考書を目にしてはじめて、それをひらかなくなってからの時の経過を意識した。  もっとも、時計の秒針はつねにおれを非難しつづけていた。一秒ごとに寿命をけずっていることを、言語をもたないながらもおれに教えてくれていたのだ。  おれはそれに気づかず、日々を浪費していた。  大学受験に落ちたおれは浪人一年目だった。そのくせ、参考書にはほこりである。  勉強もせずにいったいなにをしていたのかと問われれば、それは逃避のひと言で片づき、逃避としてなにをしていたかと問いをかえれば、それもまたひと言で答えられた。  小説だ。  いわゆるライトノベルだ。以前から好んでいたそれらに、おれはさらに没頭した。  押しよせる非日常の奔流にのまれて現実のことを忘れられたのだ。すばらしいじゃないか。彼らの住まう世界では、たとえば部屋のすみからかび臭いにおいがただよってくることもないだろう。乾燥した米粒が足の裏に刺さることもないだろう。原因不明の耳鳴りに悩まされることもない。たとえ主人公が特定の疾患をわずらっていてもそれは物語上でなんらかの役割をもっているはずだから、おれのようにただいたずらに耳鳴りがする『だけ』なんてことはないはずだ。すばらしいじゃないか!
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