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「そなたもそんな顔ができるのだな。……初めて会った時の頑なな無表情が懐かしい」
殿下の視線は温かい。それは陛下から向けられる視線と似ていて、直視しきれなかった。
「“清めの風”、“風の癒し”」
──風属性中級魔法“清めの風”、風属性初級魔法“風の癒し”。
リューティスの左手から手袋を剥ぎ取ったユリアスが詠唱破棄した。柔らかな風がリューティスの左腕を撫で、乾き始めていた血が消え、ナイフで切られた傷は僅かな痕を残して消え去る。
「あ……。痕が」
悔しそうに顔を歪めた彼女にその頭を撫でてから魔法を詠唱破棄する。
「“水の癒し”」
──水属性初級魔法“水の癒し”。
リューティスの魔法で今度こそ傷は跡形もなく消え去った。
「仲いいねぇ……。羨ましいわ」
ナンシーがぱたぱたと手で顔を扇ぐ。彼女の顔は赤い。暑いのだろうか、と思ったが、直後に違うのだと理解させられた。
「お子さまには免疫がないんですねー」
「なっ、なによ! 綺麗な顔した女の子二人のいちゃいちゃに赤面して何が悪いのっ」
「シグマ殿はこれでも男ですよー?」
「知ってるわよ! 事前に聞かされてたんだから!!」
リューティスは二人のやり取りから目をそらし、口元に右手の甲をあてた。羞恥でさらに顔が赤らむのを感じる。
「はいはいそうですか」
「適当にあしらわないでよ!」
「はいはいわかりましたから。今は逃亡中ですからね? 話し合いをしましょうよ」
ナンシーとデルタの会話が途切れる。ちらりとナンシーを見てみると、悔しそうに拳を握りしめて怒りを押さえ込もうとする姿が見えた。
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