二十九章 刹那の逢瀬

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  「……では明日、帰られるのですね」 「はい。本当は昨日のうちに帰る予定だったんだけど、……折角会えたから」  エメラルドグリーンの瞳に、一瞬だけ深い藍色が混じった気がした。  朝は晴天だったが、街を歩き回っているうちに空に雲がかかりはじめた。もうすぐ雨が降りだすと水属性持ち特有の勘が告げる。  昨夜の祭り騒ぎをまだ引きずっている街は賑やかいが、空が曇るにつれて徐々に行き交う人々が少なくなっていった。  それでもこの街に来た初日より道は混雑していて、露店の数も多い。それら露店を含め種類を問わず様々な品物を扱う店を見て回っていたが、昼を前にして雨の予兆を感じて適当な食堂に足を踏み入れた。  入った店は、店構えから判断してやや裕福な庶民向けの少々値段の高い料理を提供しているだろうところだ。リューティスだけならば何も気にせず一番近くにある店に入ったであろうが、今はユリアスも一緒なのだ。  公爵の娘である彼女の舌は非常に肥えている。一般庶民向けの質より量の食事では満足できないだろう。かといって高級店に入るのは気が引ける。そんな考えで選んだ。  空いている椅子を引いて彼女に座るよう促し、それを見届けてからその隣に座る。 「いらっしゃい、メニューはこちらだよ」  店員であろう体格のいい女性に差し出されたそれを受け取り、礼を告げた。  二つ折りのそれを開いてユリアスに差し出す。本当は品数が思っていたよりも多い。書かれている値段は予想通りであるが。 .
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