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ザンギリ頭も洋装も、東京ではすっかり見慣れた光景になった明治4X年。
何年か前の戦争に辛くも勝利した日本は、その傷跡を埋めながら、ようやく穏やかな日々を手にしていた。
そして、僕はそんな世の流れとは対照的に、穏やかな日々を終えなくてはならないことになった。
僕は今、きんきらきんの馬車に乗せられ、「商品」として運ばれている。
先の戦争前後の不景気は、家のような貧乏華族を直撃し、安穏とした日々を奪い去った。
「華族」なんていう称号がなんの役にも立たないことを、僕は身を以て体感していた。
家屋敷、家財道具のほとんどが抵当に入った家でなんとか暮らしてきた僕たち柳苑寺(ゆうえんじ)家は、とうとう抵当に入れるものもなくなり、人を売らざるを得ない状況に陥ってしまった。
僕の兄弟は兄が三人に、姉が二人。
質に入れるものが何もないようなうちの一家にお金を貸してくれるところは、そう簡単に見つからない。
ようやく、そんな柳苑寺家にお金を貸してくれるという奇特な人が現れたが、それは娼館を経営している男だった。
両親は姉二人を手放すことを覚悟していた。
ところが、その男は何故か僕を指名してきた。
それどころか、僕を寄越せば借金を肩代わりするという申し出までしてきたのだ。
なんでそんな提案をしてきたのかは分からない。
でもあえて男の僕を希望するようなやつだ。
きっととんでもない変態なのだろう。
両親はそんな変態のもとに僕を遣ることを、泣いて謝っていた。
その光景を思い出すと、つい泣きそうになってしまう。
僕は十七歳にして、変態に人生を買われてしまったのだ。
お姫様育ちの姉たちが娼館で客を取らされるよりは、僕一人が犠牲になったほうがいくらかましだとは思う。
一体何をさせられるんだろう……。
耐えられるようなことなのかな……。
装飾がぎらぎら眩しい馬車の中で、僕は不安のあまり身震いをした。
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