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慌ててズボンを履き、ベッドを飛び出すと、和海さんが僕の腕を掴んできた。
早く顔を洗ってご飯を食べたかった僕は、苛立ちを隠さずに和海さんを振り返る。
ところが、和海さんは真面目な顔をしていた。
「大丈夫か?」
「なにがです?」
「身内に会うのはあの時以来だ。一人で平気か?」
言われてみて、僕は父様と母様にいらないと切り捨てられたときのことを思い出した。
おそらく姉様や兄様も話を聞いたのだろう。
竹子姉様は手紙を書くと言っていたが、その後一通も届かなかった。
それがなぜ、会いにくることになったんだろうか?
「英?」
心配そうな顔で僕を見つめる和海さんに、僕はできるだけの笑顔を返してみせた。
「大丈夫です。」
「英。」
もう一度僕の名前を呼んだ和海さんの声は、まるで僕の不安を見すかしているかのようにはっきりとしていた。
僕はその強さにほだされるように、本当の気持ちをこぼす。
「……ちょっと……不安です。どんな顔をすればいいのか分からない。でも……自分でなんとかしなくちゃ。」
和海さんは少し考えてから頷き、僕の頭を大きな手で撫でた。
「分かった。お前がそう言うなら、俺がでしゃばるのもおかしいからな。でも何かあったら俺を呼べ。今日は1日書斎で仕事をする予定だ。」
「はい。ありがとうございます。」
「お前の姉は応接間に通すよう松本に伝えてある。ああ、それにお蘭が来てるんだ。少しだけでいいから顔を見せてやれ。今は食堂にいると思う。」
「分かりました。」
最後にもう一度、僕の髪を大切なものにでも触れるみたいに優しく撫で、和海さんは僕の背中を押した。
そうだった、ここは和海さんの部屋だった……。
恋人の部屋で昼過ぎまで裸で寝てるって、あまりに退廃的だ。
そもそも恋人が男って時点でだいぶ退廃的だけど……。
僕は和海さんの言葉通り食堂に向かった。
肉が焼けるいい匂いに吸い寄せられてふらふらと足を踏み入れると、サンドイッチを作る松本さんと、それをぼんやり眺めている蘭之助さんに遭遇した。
二人は僕を見た途端顔を見合せ、何やら視線を交わした。
意味ありげな視線の交換が気になったけれど、僕はなるたけそれを意識しないようにして挨拶をする。
「おはようございます!」
「おはようございます、英君。」
「お寝坊さんだな、英ァ。」
あれ、意外と二人は普通に挨拶を返してきた……。
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