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和海さんの言葉に力付けられ僕は元気が出たけれど、他のみんなの表情は様々だった。
松本さんはいつか見た寂しそうな顔をまたしていたし、蘭之助さんは苦い顔、竹子姉様にいたっては、驚いたのか、瞼が忙しく上下させていた。
和海さんただ一人が、この場において全く表情を変えていない。
その声も落ち着いたもので、威厳すら漂よっていた。
「英、応接間に姉君をご案内しろ。」
「分かりました。」
僕は竹子姉様を促し、食堂を出る。
流行りの束髪崩しに大きなリボンをつけ、濃い紫の袴という女学生姿の姉様は、近々結婚するようには全く見えなかった。
僕が最近見ていた女性……つまり、胡蝶さんやお店の女の人たち、あと女性ではないけれど蘭之助さんに比べると、どこか幼く見える。
柳苑寺の家にいたときはそんなこと思わなかったのに、こうして久しぶりに見るとそんな印象を抱いてしまう。
応接間に姉様を案内すると、姉様は磨かれた大理石の巨大な暖炉と、天井から暖炉までの壁を覆うこれまた巨大な鏡を凝視した。
「姉様、とりあえず座ってください。」
ふらんすから取り寄せたという椅子に竹子姉様を座らせながら、僕は自分がすっかりこの屋敷の一員になっていることを実感した。
竹子姉様は見るからに高価な椅子にびくびくしながら腰かけていたけれど、僕は先日その椅子を踏み台替わりにしてシャンデリアを掃除した。
そしてそのことに何の疑問も抱いていなかった。
明らかに、価値感覚が和海さんに似てきている……。
僕と竹子姉様が会話のきっかけを掴めずにいると、松本さんがワゴンにお茶の用意を乗せてやって来た。
いつものほわっとした笑みを浮かべ、松本さんはティーセットを僕らの前に並べていく。
硝子製のケーキスタンドにはサンドイッチにスコーン、タルトやマドレーヌが盛られ、傍らには木苺や杏のジャム、蜂蜜の小瓶がいくつも並び、銀のスプーンたちは燦然と輝く。
竹子姉様は戸惑いを隠せないようで、僕に尋ねた。
「こちらではいつもこんなふうにお茶をしているの?」
「いつもというわけでは……。ねえ、松本さん?」
「はい、たまにです。なかなか時間がとれませんので。」
「あの……貴方は原社長の秘書ですわよね?」
松本さんは竹子姉様の質問に、にっこり微笑みながら頷く。
僕は竹子姉様が何を問いたいのかなんとなく把握した。
「このようなことも秘書の仕事なんですか?」
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