第8章

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そう、僕もこの屋敷に来たばかりの頃は驚いた。 こんなに広い屋敷の中に使用人が歩いていないというのは、なかなか不思議な光景だもの。 松本さんはこの手の質問には慣れっこらしく、笑顔のまま淀みなく答える。 「当屋敷には住み込みの使用人がおりませんので。それに大事なお客様をおもてなしするのは、使用人ではなく私、つまり秘書の大切な仕事だと心得ております。」 「そうですのね……。あの、でも住み込みの使用人がいないということは、ちょっとし用事はどうなさるの?」 「自分達でいたします。」 「自分達?!はなちゃん、貴方も?」 「はい。」 「で、でもうちでは身の回りのことをばあやに頼んでいたじゃないの。」 「そ、それはそうですけど……。でも高校では身の回りのことを自分でやっていましたし……。」 華族が多く通う学校だったとはいえ、一応全寮制なんだから当たり前なんだけどな……。 だいたい、竹子姉様は何をしにきたのだろう? 松本さんは竹子姉様の様子を眺めてから僕に目配せをし、静かに応接間から出ていった。 気を使ってもらったことに感謝しつつ竹子姉様に視線を戻すと、思い詰めた顔色の姉様と目が合う。 竹子姉様は膝の上で重ねた手にぎゅっと力を込め切り出した。 「お父様から聞いたわ。はなちゃんがわたくしや兄様方と血が繋がった兄弟ではなく、本当は従兄弟にあたるのだと……。」 「……そうですか……。」 「あのね、はなちゃん。それでもはなちゃんはわたくしの弟よ。そしてわたくしは貴方の姉。それは変わらないわ。いえ……変えたくないの。」 「姉様……。」 「お願いよ、はなちゃん。どうかこれからもわたくしのことを『姉様』と呼んで頂戴な……。」 竹子姉様は小さい頃から僕を一番に可愛がってくれた。 そして、本当は兄弟じゃないと分かった今でもこう言ってくれる。 やっぱり、竹子姉様は僕の「姉様」にかわりはない。 それに、やはり僕は柳苑寺家をどうしたって恨めない。 和海さんには甘いって怒られてしまうかもしれないけれど、柳苑寺家での思い出は「僕」という人間を形成している欠かせない要素なのだ。 僕は泣きそうになるのを堪えて、大きく頷いた。 すると姉様も泣く寸前の顔で微笑んだ。
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