1947人が本棚に入れています
本棚に追加
そう、僕もこの屋敷に来たばかりの頃は驚いた。
こんなに広い屋敷の中に使用人が歩いていないというのは、なかなか不思議な光景だもの。
松本さんはこの手の質問には慣れっこらしく、笑顔のまま淀みなく答える。
「当屋敷には住み込みの使用人がおりませんので。それに大事なお客様をおもてなしするのは、使用人ではなく私、つまり秘書の大切な仕事だと心得ております。」
「そうですのね……。あの、でも住み込みの使用人がいないということは、ちょっとし用事はどうなさるの?」
「自分達でいたします。」
「自分達?!はなちゃん、貴方も?」
「はい。」
「で、でもうちでは身の回りのことをばあやに頼んでいたじゃないの。」
「そ、それはそうですけど……。でも高校では身の回りのことを自分でやっていましたし……。」
華族が多く通う学校だったとはいえ、一応全寮制なんだから当たり前なんだけどな……。
だいたい、竹子姉様は何をしにきたのだろう?
松本さんは竹子姉様の様子を眺めてから僕に目配せをし、静かに応接間から出ていった。
気を使ってもらったことに感謝しつつ竹子姉様に視線を戻すと、思い詰めた顔色の姉様と目が合う。
竹子姉様は膝の上で重ねた手にぎゅっと力を込め切り出した。
「お父様から聞いたわ。はなちゃんがわたくしや兄様方と血が繋がった兄弟ではなく、本当は従兄弟にあたるのだと……。」
「……そうですか……。」
「あのね、はなちゃん。それでもはなちゃんはわたくしの弟よ。そしてわたくしは貴方の姉。それは変わらないわ。いえ……変えたくないの。」
「姉様……。」
「お願いよ、はなちゃん。どうかこれからもわたくしのことを『姉様』と呼んで頂戴な……。」
竹子姉様は小さい頃から僕を一番に可愛がってくれた。
そして、本当は兄弟じゃないと分かった今でもこう言ってくれる。
やっぱり、竹子姉様は僕の「姉様」にかわりはない。
それに、やはり僕は柳苑寺家をどうしたって恨めない。
和海さんには甘いって怒られてしまうかもしれないけれど、柳苑寺家での思い出は「僕」という人間を形成している欠かせない要素なのだ。
僕は泣きそうになるのを堪えて、大きく頷いた。
すると姉様も泣く寸前の顔で微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!