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「ね、姉様……?今なんて?」
「結婚なんていや!お金のために売られるようなものじゃない!!」
「弟には身売りさせておいて、そらァ随分な物言いだな。」
応接間の入り口から声がしたのでそちらを向くと、腕組みした蘭之助さんと、蘭之助さんを止めようとする松本さんが立っていた。
「蘭之助さん!」
蘭之助の名前を聞くと、竹子姉様が弾かれたように立ち上がった。
「は、はなちゃん!まさかこの人……!」
「え?あ、ああ、紀伊國屋の蘭之助さんです。」
そういえば竹子姉様は蘭之助さんの贔屓だった。
舞台化粧をしていない蘭之助さんに気付かなかったのかな?
あるいは、ただの女性と勘違いしていたか……。
蘭之助さんは竹子姉様につかつかと近付いていくと、冷たい目で見下ろした。
竹子姉様は怯えてはいたが、それでもめげずに言う。
「あ、あの、ごきげんよう。弟とどういった知り合いなのかは存じませんが……。こんなところで八代目にお会いできるとは思いませんでしたわ。」
「俺ァな、おめェのような身勝手な甘ったれ女が一番嫌ェなんだよ。」
とりつく島もない蘭之助さんの言葉は、竹子姉様の胸を抉ったようだ。
姉様の顔が青くなる。
僕は姉様を庇うようにして蘭之助さんの前に立ち、なんとか場を収めようと試みた。
「竹子姉様は悪くないんです!僕を和海さんのところにやると決めたのは両親ですし、姉様は何かを言える立場ではありませんから……。」
「止めなかったのは事実だろ?」
「そ、それは……。」
僕を押し退け、蘭之助さんは何も言えないでいる竹子姉様に向き合う。
押し退けられてよろける僕を受け止めてくれたのは松本さんだった。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい!」
「いえ、私こそ蘭之助さんを止めきれず、申し訳ありませんでした。」
「そんな、松本さんのせいではありませんから!」
えっと……
ニコニコと笑う顔がとても素敵な松本さんだけど……なんで離してくれないんだろう……?
後ろから抱き止められた体勢のまま、松本さんは何故か手を離してくれない。
戸惑いを覚えて後ろを振り返り、松本さんを見上げると、優しい笑顔が返ってきた。
あんまり綺麗に笑うので、僕まで釣られて笑ってしまったけれど……うーん、なんだこの状況……。
蘭之助さんは気が収まらないのか、竹子姉様にきつい声で言った。
「だんまり決め込んでんじゃねェぞ。」
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