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女の人は蘭之助さんを見て嬉しそうに微笑んだあと、僕に気が付き目をしばたく。
そして驚きを含んだ声で言った。
「マァ、八代目が人をお連れとは珍しい。」
蘭之助さんは座り直そうとする女の人の肩に手を置いて言う。
「そのままでいい。こいつにはあんたのことを話してある。」
「それはますます珍しい。あの幼なじみの……和海サンといったかェ?それからそのお付きの方くらいにしか話してないとばかり……。」
「こいつは特別なんだ。悪ィ、ちっと見ててくれ。俺ァ行かなきゃなんねェとこがあるんでな。」
蘭之助さんは僕の頭をくしゃっと撫でて言った。
「英、しばらくここにいろよ。ちょっくら官憲呼んでくる。」
「僕も行きます!」
「だめだ。おめェに危ねェことさせたら和海に怒られちまう。」
「でも……。」
「もしかしたらここに優男が来るかもしンねェ。その時おめェがいたほうがいい。」
「分かりました……。」
「いい子だ。」
柔らかな微笑みを残し、蘭之助さんは慌ただしく出ていってしまった。
取り残されて不安だけが増していく僕に、女の人が声をかけてくる。
「大丈夫。八代目はああ見えてしっかりした子です。」
温かい声に振り向くと、女の人は蘭之助さんとよく似た優しい笑顔を浮かべていた。
僕はその笑顔にちょっとだけ元気付けられると同時に、挨拶もまだだったことに気が付いた。
「と、突然お邪魔して失礼しました!僕は柳苑寺英と申します。今は訳あって原さんの屋敷に居候してまして、蘭之助さんとはその時に知り合い、色々お世話になっています。」
女の人はにこにこと微笑みながら手を前につく。
「マァ、ご丁寧に。わっちは雪助という名でお座敷に出ている、てゐと申します。こんな格好ですみませんねェ……チョイと体を壊しているもので。」
「いえ!僕こそごめんなさい。」
てゐさんは羽織を肩にかけながら立ち上がった。
「今お茶を……。」
「どうぞお構い無く!それに寝ていらしたほうがよいですよ!」
「大丈夫、今日は気分がイイんですよ。そうだ、そこの棚にお菓子がありますから、出しておくンなさいねェ。」
てゐさんは僕が止める間もなく出ていってしまい、僕は仕方なくてゐさんの指示通り棚に手を伸ばした。
お茶をあがるつもりなんてなかったし、ましてや体を崩している人にお茶を運ばせるなんて申し訳ない。
むしろ言ってくれれば僕がやったんだけどな……。
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