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僕を買った原和海(はらかずみ)という男について、僕は詳しく知らされてなかった。
知っているのは貿易会社と呉服屋と娼館を経営しているお金持ちだということだけ。
それ以外は何も知らない。
僕の頭のなかでは、若い男が好きな変態の中年男という姿がすっかり固まっていた。
たぶんでっぷり太った腹をさすりながら、葉巻をすぱすぱ吸っていて、後ろには買い漁った綺麗な男を沢山侍らせているに違いない……
そしてきっと僕もその中に仲間入りさせられるんだ……
心構えができないうちに、馬車は目的地に到着してしまった。
お父様、お母様、兄様達、姉様達の顔が順番に浮かぶ。
きゅっと唇を噛んでから勇気を振り絞って馬車を降りると、目の前には実家の数倍立派な洋館がそびえ立っていた。
なんとなく見覚えのある外観に記憶を手繰り寄せると、何年か前に見た新聞記事を思い出す。
たしか、ここは姫川伯爵のお屋敷だったはずだ。
姫川伯爵が破産してお屋敷を売ったという記事が新聞に出ていたけど、ここを買ったのも原和海だったらしい。
僕はこのまま取り次ぎもなく屋敷に入っていいものか悩み事、しばらく屋敷を見上げていた。
すると、屋敷の中から若い男性が駆け出してきた。
これが原和海?
そう思って身構えていると、男性は荒くなった息を整えながら人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「出迎えが遅れて申し訳ありません。原の秘書の松本伊予次(まつもといよじ)と申します。君が柳苑寺英陽(ゆうえんじひではる)君ですね?」
ひ、秘書?
拍子抜けして松本さんと名乗った人を見ていると、彼はきょとんとして首を傾げる。
「何か?」
「い、いえ、てっきり使用人が取り次ぐと思っていたので……。」
「ああ、そういうことですか!まあ立ち話もなんですから、歩きながら話しましょう。」
松本さんはそう言って僕を手招きした。
外観も立派だったけれど、室内も贅を尽くした装飾が施され、調度品も一級品ばかりだ。
立派過ぎて少々品がない感じがしないでもないけど、それでも見事としか言いようがない。
「使用人のことなんですけど、実はこの家には通いの使用人にしかいないのです。」
「こんなに大きいお屋敷なのに?」
「原は少々変わってまして、他人が家をうろついているのが我慢ならないんですよ。だから使用人たちは必要最低限の時と、原が屋敷を空けているときにしか来ないのです。」
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