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「清陽(きよはる)兄様は?」
僕が一番上の兄のことを尋ねると、季兄様と竹子姉様は顔を見合わせた。
それから呆れたような口調で竹子姉様が言う。
「二階で絵を描いているわ。」
画家を夢見る清陽兄様は、うちの家計が厳しくなっても全く今までの生活を改めようとはせず、絵ばかり描いている。
僕の目から見ても明らかに才能がないと思うのだが、そんなことを言おうものなら癇癪を起こして暴れかねない。
「この家を出ていくのは悲しいけれど、新しい家を用意してもらえて本当に助かったわ……。」
竹子姉様がしみじみと言う。
季兄様も大きく頷いた。
「お陰で一家離散せずにすみそうだものな。英が口利きしてくれたのかい?」
「いや、違うんだ。僕にもよく分からなくて……。」
「あの原和海という男、うちになにか恩でもあるのかな……。」
「さあ、わたくしは全く覚えがないけれど……。」
「ああ、僕もだ。おっと、もうこんな時間か。」
季兄様は時計を見て顔をしかめた。
「せっかくお前が帰ってきたのに、今日は仕事があるからもう行かなきゃ。また落ち着いたら帰っておいで。俺もお前を訪ねるから。それじゃ元気でやるんだぞ。」
「ありがとう、季兄様。兄様も体に気を付けてね。」
季兄様は慌ただしく家を出ていった。
竹子姉様も一番上の姉の桃子姉様の見舞いに行くということで、僕たちはそれまでの間この家の思い出話に花を咲かせた。
竹子姉様が家を出る時間が迫ってくると、姉様は僕の手を取って言った。
「はなちゃん、ありがとうね。」
「え?」
「本当だったらわたくしがあの男に売られてたはずだわ。そんなことになったらどんなにおぞましいことになったか……。はなちゃん、貴方は大丈夫?酷いことをされていない?」
「大丈夫だよ、姉様。僕は平気。みんなと離れて暮らすのは寂しいけど、今のところ何も酷いことなんかされてないよ。だからそんな顔しないで。」
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