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師匠の家は町内で一番高い建物から遥か北、町と町の境目になっているT字路が望める場所にある。
こういう場所を街角というのだと師匠は言っていた。
彼が愛する家は発展とは程遠い場所にあり、朝や夜には人通りも少ない。
だから、私はいつものように夕暮れに沈む道を一人で歩いていた。
師匠が迎えに来てくれれば、そんなことにならずに済むのだが、彼にそれを頼むのは憚られた。
私は小さくため息を吐くと、ようやく辿り着いた街角の家を見上げる。明かりがついているから、師匠は中にいるらしい。
私は玄関に歩み寄ると、インターホンを鳴らして、返事も待たずに中に入った。
「また来たのか」
インターホンを聞いて降りてきた師匠。
「まだ美味しい紅茶を飲んでもらってないからね」
中に入ると部屋ではもう準備がされていた。温められたポットとカップが2つずつ。
そして、今日も師匠による紅茶講座が始まった。
今日の紅茶の出来は上々。
「師匠!」
私が叫ぶと師匠は首を横に振った。
「まだ二回だ。同じものがあと二十回出来たら飲んでやる」
毎度のようにそう言って、師匠は自分で淹れた紅茶に口をつける。
私はちぇっと呟くと、紅茶を飲み干した。
それは慣れ親しんだ師匠の味と似ていて、その余韻に浸っていると、不意に夢が覚めた。
寝ぼけ眼に映ったのは師匠の家、もとい私の家だった。
下を見ると机の上には濃そうな紅茶が。
慌てて茶葉を引き上げる。
恐る恐る飲みこむと苦味が口内を襲った。
「お父さんみたいにはいかないね」
最後まで飲んでくれなかった師匠。
消えない苦味が 、私は悔しくて堪らなかった。
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