第1章

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 もう、 わたくしはただ飾られているだけの人形のような姫宮ではない。 夫を騙して顔色一つ変えない、 悪女なのだ。  そう思うと、 ひとりでに笑みが込み上げてくる。 源氏の君の、 あの冷たい石のような瞳を思い出してみても、 もう怖いとは感じなかった。 以前はあの眼を思うだけで、 彼の優しげで、 そのくせ感情の抑揚がまったくない声を思い出すだけで、 背筋が凍るほど怖ろしかったのに。  みんな、 あなたのせいなのだわ、 柏木。 あなたの恋情が、 その輝く瞳が、 わたくしをこうまで変えたのよ。  わたくしは生まれて初めての恋に、 朝も夜も、 陶然と酔いしれていた。 わたくしも柏木も、 この恋のために生まれてきたのだと、 本気でそう思っていた。
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