左大臣家の三の君。

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「全く……知らんからな。」 呆れてものも言えぬといった具合の兄は眉間を指で押さえる。 そこに妹を心配する心が見え隠れする。 淑子は立ち上がった。 「相模、御簾を上げて。」 命じて上げた御簾の向こうには白い鶴が飛んでいた。 誰かを探すようにさ迷い飛んでいた。 参内するまでの数日間、淑子は北の対屋で母の敦子から宮中のお作法の指導を受けていた。 先々帝の皇女であった母の所作の美しさには改めて嘆息する。 「いいですか?今までのように単も録に身につけないで歩き回っては駄目ですよ。」 淑子は父や兄中将がいないときをいいことに単を一枚も羽織らず過ごすということは珍しくなかった。 曰く、『下衣でないのだから、大丈夫よ。』 最早ずぼら。 左大臣家の姫とは思えない発言だ。 此までのことには目を瞑るにしても、参内してからはそうも行かない。 姉・弘子の評判を貶めかねない。 「はい。」 初めて聞く母の厳しい声にただただたじろぐ。 敦子は 香匙を手にする。 参内するのは春。 其れならば梅香がよいだろう。 落ち着きを持って欲しいという願いも込めて沈香を多めに配合しよう。 口では厳しく言っても娘が心配でならない。 此の娘は、上流の姫としての教養はちゃんとしているのだが、 いかんせんさばさばし過ぎているのが難点だ。
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