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黒スーツ男が空いている席に座ると、女の子も無言でその隣へ座りました。
ドアが閉まり、ピリリリリーッと笛が鳴り響くと、路面電車は重苦しいようなモーター音を響かせて、ホームから滑り出しました。
家々の間をぬうように路面電車は走りました。走る路面電車の窓から手を伸ばせば庭の洗濯物に手が届きそうです。
ブロック塀の上に一匹の三毛猫が座って、大あくびをしているのが見えました。走っている路面電車の前方が開けたと思うと、右手に広い海が現れました。溶鉱炉の中のとろけた鉄のような真っ赤な陽の光りを反射して、海が赤黒く血のような色に輝いています。女の子が呆然と海をながめていると、ふいに甲高いアナウンスが流れてきました。
「次は、ナラク~、次は、ナラク~!」
しばらくすると路面電車は車輪を軋ませて、ブレーキ音を響かせながら、小さな駅に停まりました。
「さあ、降りますよ」
黒スーツ男が立ち上がって路面電車から出て行くと、女の子はあわてたように黒スーツ男の後をついて行きました。二人がホームへ出ると、路面電車のドアが閉まり、ピリリリリーッと笛の音が鳴り、ゆっくりとホームから出て行きました。
黒スーツ男は女の子を連れ、人通りの少ない町を歩きました。町行く人々はとても疲れたような表情を浮かべ、ドロンとした目をしています。角を二つ、三つ曲がると、小さな雑居ビルの前で立ち止まりました。雑居ビルには看板は一つもかかっておらず、窓ガラスには所々ヒビが入っています。
「さあ、このビルの三階ですよ」
黒スーツ男に促され、女の子は雑居ビルの狭い階段を登って行きました。
三階に着くと、黒スーツ男は「ここですよ」といって、薄汚れたドアを開けると、部屋の中へ向かって「お連れしましたよ」と声をかけ、女の子を部屋の中へ入れました。
部屋はとても狭く、天井には切れかかった蛍光灯が点り、壁際には何が入っているのかわからない段ボール箱がうず高く積まれています。
部屋の真ん中にはソファーとガラスのテーブルがあり、その向こうの大きなデスクの奥に、窓際に向かって椅子に座っていた人物が、くるりと女の子の方に向き直りました。
「ごきげんよう! ようこそいらっしゃいました! 私、霊能士の壇 美霊と申します!よろしくお願いいたします! あなた、お名前は?」
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