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「……もう引越はしたの?」
「これからです」
不意に彼が切り出した話題に、走らせていたペンを止めて答えた。
「そっか……じゃあ、まだあの部屋にいるんだね」
「はい」
会いたいと思っていた気持ちが叶ったのに、逃げ出したくなるのはどうしてだろう。話していないとまともに顔が見れず、一瞬の隙で彼へ視線を向けた。
失恋を引きずる過去が、どこまでも臆病へ引きずり落とそうとする。だけど、必死で踏み出したい気持ちにしがみつく。
「ねぇ、凛子さん」
そっと顔を上げると、いつも見せてくれていた穏やかで優しい微笑みが待っていて、振りかざしていたはずの強がりの盾は、彼が呼びかけた声に脆くも崩れた。
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