第1章 君とのキスは幸福そのもの

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もっと嵐のような騒然とした感じを想像していた。 「お前にうちの敷居はもう跨がせん!」と叫んで殴りかかる父親と それにうろたえる母。 でも俺の告白に空気が張り詰めて、痛いほどの沈黙の後 大きな溜め息が重たく部屋に充満しただけだった。 今すぐ受け入れるのは難しい。 恋人がいるのかいないのか どうしてそんなことを突然言う気になったのか 今、説明されても戸惑うばかりだ。 恋人らしい恋人もおらず、心配していた矢先に結婚相手ができたと言われて、とてもホッとしてた。 それがあんな結果となった原因に、そのこともあるんだろう。 悩んだ末にこうやって告白したんだろう。 親として、今は、頷くことしかできない。 ただ、お前が私達の息子であることは変わらない。 そう話す父親の言葉を重苦しい空気の中で静かに聞いていた。 「はぁ……」 まだ喉の辺りが緊張で震えている。 話があると週末実家に戻った。 身構えたのが電話の向こうから伝わってきたせいか、新幹線で二時間ほどの道のりの間 ずっと実家でどんなふうに待ち構えているだろうと、そればかりを考えていた。 ずっと 隠し続けていた自分の性癖 それを直そうと思い、結婚まで考えたけれど、結局俺は自分らしく生きていくことを選んでしまった。 「普通」の息子を持ちたかっただろう。それを考えると本当に申し訳ないけれど、俺は「同性愛者」です。 と、一息で言い切った。 でないと、つい喉奥でつっかえてしまうかもしれないから。 泊まっていけばと言われたけれど、それは断った。 気まずさが充満した中じゃお互いにしんどいから。 盆の帰省は毎年、結婚のことをうるさく言われるのがイヤで、仕事が忙しいと断っていたけれど 今年も、行けそうにない。 それにもうすでに予定が入ってしまっているから。 朝、出発する時よりも、幾分か軽くなった気持ちと この告白を聞いた後の両親の心境を思うと申し訳ないっていう思い、それがごちゃ交ぜになっている。 「太陽、おかえり」 でもライアンの顔を見た瞬間に、何もかもから救われるんだ。 日帰りでは少し遠い実家。 朝早くにここまで俺を送ってくれたライアンが、同じように心配そうな顔をして、同じ場所に立っていた。
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