第1章 君とのキスは幸福そのもの

3/5
2660人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
親にだけカミングアウトせずにいることもできた。 別に遠く離れたあの田舎に、俺がゲイだという噂が届くことはほぼないだろう。 「……ただいま」 ニコッと笑うと、少しだけ安心できたのか、ライアンの肩から力がストンと抜けたのがわかる。 隠せただろうけど 俺は隠さなかった。 親にも言おうと思ったんだ。 「腹減った。ライアン、早く帰ろう」 なぜなら、ライアンの親へ挨拶に行くから。 このお盆に飛行機代は高くつくけれど、ライアンの実家へ、俺は恋人として挨拶に行くから、ちゃんと自分の親にも言いたかったんだ。 全てを受け止めてもらえるとは思っていないけれど それでも 自分のことを伝えたかった。 目立つわけでもなく 大人しいわけでもない。 普通の、どこにでもいそうな子どもだった。 ただひとつだけ、皆と変わっていたのは、恋愛対象が同性だったということ。 小学生もざわつくバレンタインの時に、その違いにふと気が付いた。 異性である女の子が 男子を好きになるということに。 そして、あの子は誰にチョコを渡すんだ 自分はあの子からもらいたいと 男子が騒ぐ対象は当然 対になるかのように女子。 その時になって、普通、男子は女子を好きになるものだと知った。 そうか だから両親が男女なのかと ものすごく納得して そして自分が変なのかもと悩み始めた。 「初めての恋人、は?」 寄り添うように寝転がって、自分の田舎の話をしていた。 「ずいぶん後だ。本当に田舎だから」 それこそ恋人と呼べる存在ができたのは上京して、働き始めてからだった。 思春期特有の恋愛対象の混乱というか 友達なのか、それ以上なのか、妙に接近した触れ合い程度なら、地元の友人となかったわけじゃない。 ほぼ好奇心に駆られて先走っただけの。 でもそれは本当に呆気なく終わる。 始まってすらいないから、終わるっていう言葉すら合っていないだろう。 「そのくらい田舎だったんだ」 何もない田舎。 近所の誰さんの息子が最近不良とつるんでいる、そんな程度のことでさえ、話題のニュースになってしまうような 平凡な田舎。 だから俺にはただひたすら隠すことしかできなかった。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!