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Prolog
4月だった。
小春日和で、晴天から降る桜の花びらがあたりを彩る。
新入生たちは高鳴る胸を抱いて、意気揚々と校門をくぐる。
知らない顔がたくさん、知らない声もたくさん。
みんな嬉しそうに顔を綻ばせていた。
校門のすぐそばに、一本の大きな桜の木があった。
見事な大木は、時折、花傘下の通行人の頭に悪戯するかのように、祝福するかのように花びらを落とした。
小風が吹けば重い花頭が揺れ、はらりはらりと花弁が落ちてゆく。
ある一人の通行人にも、桜はふわりと舞い降りた。
するとその通行人はふと頭を傾げ、桜を見上げた。
桜の悪戯に気づいた通行人は
くすり。
許すように笑った。
思わず息を呑んだ。
綺麗だった。
本当に綺麗だ。
優しい光が彼を包む。
その衝撃は人生で初めて経験するものだった。
今も思い出すだけで、こんなにも胸が焦がれる。
『 きみ、だれ? 』
彼にそう問うたのはほぼ無意識だった。
ざぁっと桜枝が鳴り、霰のように薄桃色が舞う中で
彼は僕をじっと見てくすりと笑った。
『 さぁ、誰だろうね。』
そう言った彼はなんとも楽しそうで。
淡く色付いた空間が、じわりじわりと僕に染み込むのがわかった。
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