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――あたし達の父さんは、竜と言われる化け物だった。  その人間の女の素性を、女の数少ない友人「千里眼」から、銀色の髪の青年は山上の第一峠で耳にした。  同じ折に、奇しくも近い話を、双子の弟と人間の女が交わしていたこと。中腹の山小屋で、青年の仕事が終わるのを待っていた彼らの優しい時間を、青年はずっと知ることはなかった。  赤く染まりゆく獣の足下、青年は倒れ続ける。  まるで獣の、失われる魂を受け取ったように……蒼い誰かの大切な思い出を、走馬灯のような束の間に夢見る。  山小屋から少し離れた泉で、青白い月の光の下、双子の弟は沐浴をする人間の女の番をしていた。 「竜って……あの、竜かよ?」  身を守る鎧を外した女は、その時は心の鎧も外したように、双子に笑いかけていた。 「うん、あの竜。リーザみたいなケダモノじゃなくて、自然と一つの、あの竜だよ」  ケダモノってゆーな。と、獣寄りの竜――飛竜である双子が呆れて言う。  それでなくても、薄着で水の滴る女の姿に、目のやり場に困っている。近くの木に持たれて女から目を逸らしつつ、面白くなさそうにする。  だって、と女は、にへらと嬉しそうに笑った。 「リーザ、下手したらケダモノになっちゃいそうなんだもの。気をつけた方がいいよ?」 「――は?」 「自分で気付いてないのが一番怖いよねぇ。ライザなんてまだ、ぷっつん来たら暴走しちゃうぞーって、自覚してそうなのにな。リーザは案外冷静に見えて、ライザよりホントは冷静じゃなく見えるな、あたし」  人間の女は、曖昧な虫の知らせという形で、現状を的確に把握する直感の才能を持っていた。だから全く根拠はなく、不服そうな双子が心配といった顔でまた笑った。  しかし双子が最も不服だったのは、話の内容にではない。 「……そんなケダモノの前で、無防備にしてんなよ、あんたは」  そうしたことを話しながら、彼を警戒せずに鎧まで外し、何度も反応に困る緩い笑顔を見せる女と、 「随分あんた……アニキのこと、よく見てんだな」  女の口から最近よく、兄の名前が出ることだった。  いつもそうして、双子は素直でなかった。  他者には敏感なわりに、女の言う通り、弟自身の心には鈍い所があった。  だからこそ、生まれながらに存在を消され、隠されて生きた嘘の中でも歪まなかった。  そして女が死した痛みも封じていられたのだと、分身である青年は今更に悟る。
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