⑦リーザとピア

4/5
前へ
/370ページ
次へ
 マジメな顔で静かに女を見つめる青年に、女は何度か深く息を吸って、何を言うべきかを必死に考え込んでいるようだった。 「…………」  口を引き結んで俯き、憂いげな顔を続ける女。良い返事は期待できないのかと、青年も憂鬱になりかけた頃だった。 「あ……あのね、リーザ……」 「……?」 「何て言えばいいか……あたし、全然わからなくって……」  そこで女は本当に、これ以上言葉を続けられないと――  突然くしゃっと、両目に大粒の涙を滲ませながら顔を上げた。 「ホントならあたし……幸せ過ぎて、信じられない……」  両腕を胸元で強く握り締め、嗚咽混じりに、女は何とかそれだけ口にした。その時には少し離れた水際に後ずさっていた。  青年は不機嫌そうに黙ったまま、立ちすくむ女のすぐそばまで近付く。  俯く女も今度は逃げない。両肩を抱くように縮こまり、硬く震えている華奢な体。この寒空の下なら当然だろう。そのまま女の両腕ごと、冷たい体を包み込むようにそっと抱き締め――……偽りの余地などないと、全身を使って青年は示した。  ……何で……? と。  無言の青年の腕の中で、女が尋ねる。これまで聞いたことのないような拙い声で、恐る恐る青年に問いかけている。 「リーザならいっぱい……いくらでもイイ人、いると思うよ……」 「……」 「わざわざあたしみたいなの……関わらなくたって……」  肩を震わせながら、女がぎゅっと青年の服を掴んだ。鳥が停まったかのような感触だった。  竜の血をひきながら、ただの人間である女。それは実際、こんなにも弱々しい存在なのだと、化け物の青年は生々しく感じ取る。 「……『子供攫い』だよ? どう考えても……先行き暗いよ」  竜人である弟を、女は家族を守るため軍に差し出した。そして弟を取り戻すために始めた国賊活動を続けている。それで弟を取り戻せることはなくても、後にはひけない状態なのだと青年も知っていた。
/370ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加