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「そんなの――先が無いのはお互い様だろ」
つい先程までの沐浴で、冷え切った女の体温が青年に移る。軽い体をひょいと抱えると、わっと慌てる女に構わず、猫を膝に乗せるようにして岸辺に座り、向かい合う視線をじっと合わせた。
「……――」
背中を抱えられた女の体は、青年の両腕と体躯からじわじわ温められる。なすがままに座りながら、まだ両目に涙を浮かべ、まるで駄々っ子のような顔で青年の鋭い目を見つめる。
「オレもあんたも、この国で歓迎されないのは一緒だ」
「……」
背から腰まで撫でるように手を下ろすと、少しびくっと驚きながら、女もまっすぐ見つめようとしてきた。
ずっと涙目で戸惑っている。それでも確かに青年の温かさを求め、体の力を抜いて距離を縮めていた。手を恐る恐る青年の首に回し、懐に向かって俯く。
だから青年も最早遠慮はなしに、女の肩に頭を置くように、小さな体を思う存分抱き締めていた。
「でもオレは……あんたにそばにいてほしい。あんたがそれを、どう思ったとしても」
存在しない者として、青年は自らを隠し続けた。しかし決して、己を卑しめることはなく生きてきた。その意味で言えば、青年を犠牲にしたと罪悪感を背負う兄こそが囚われ人だろう。
――アニキもピアもそうだけど……。
その兄と女は、何処かが似ていると青年は感じた。
どちらもおそらく、何かに縛られ続けているところが。
「あたしは……」
どうしても女は、そこで微笑むことができないままでいた。
「ほしいって……思っちゃってもいいのかな、あたし……」
それでもぎゅっと、青年の背中を掴む両手の力が、女の素直な希みを映して余りあった。
「あんたはどうすれば……『子供攫い』をやめる?」
腕の力を緩めて、女の青い目をもう一度見つめる。
そして尋ねた青年に、女は何も口にすることができず――
代わりに、己の希みと青年の望みを合わせるように、互いの呼吸がそっと止まった。
そのまま静かに閉じられた瞼と、灰色の目が重ねられていった。
-了-
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