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店には、もうわたし以外誰もいなかった。
マスターはもうすでに、モップを準備している。
わたしはしぶしぶ了解して立ち上がった…つもりだった。
とたんに世界が反転して、また座り込む。
「あぶな……ほら、飲みすぎです。さ、コート着て」
初瀬さんはそう言って、バーカウンターのこちら側にやってきた。
わたしはまだ眉間に皺をよせながら、その様子を他人事のように見つめていた。
モップを用意していたマスターが、思わず口を開く。
「あー、初瀬くん。
もうあがっていいから、着替えてきて明日香さんを送ってあげて。
それまで明日香さんのこと見ておくから」
「……ありがとうございます」
「待っててくださいね」。そう言って彼は足早に奥に消えていく。
その間、わたしは再び立ち上がった。
……よし、今度は大丈夫そうだ。
そう思ってコートを着て、マスターの方を向いた。
「マスター、わたし大丈夫ですよ。ほら、普通に歩けます。
あ、これ代金です」
そう言って、カウンターにお金を置いた。
マスターは「でも」とか「だって」を言いたそうな顔をしていたが、わたしは構わず続けた。
「なんだかいろいろお世話になりました。
初瀬さんにいろいろ失礼なことを言ってしまったこと、謝っといてください。
ではでは、失礼します」
わたしは軽く会釈し、店の扉を開けた。
冬の夜はやっぱり肌寒くて、思わず肩をすくめる。
表の消えそうなネオン看板を横目に、わたしは若干ふわふわ歩き出した。
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