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ドクン。心臓が大きく脈打つのがわかった。
いや、でも……。
「なに言ってるんですか。彼女に怒られますよ」
わたしは軽く笑いながら言った。
そんな言葉に、彼は勢いよく振り返る。
その顔は、なんだかほんのり赤く、でもなにかふっきれたような顔だった。
「それですよ、明日香さんは誤解してます。
ぼくは、好きな人がいるって言っただけで、恋人がいるって言った訳じゃない。
告白できなかったのは、それが叶わないこと、知ってたから……」
音をたてて、電車がやってくる。
その音にまぎれて、彼はポツリと、呟いた。
「……いい加減、気づいてくださいよ」
……それは……、どういうことですか。
そう聞く前に、開いた電車のドアに、わたしは詰め込まれた。
「あ、あの……」
「はい、乗ってくださーい。早くしないと行っちゃいますよー。
……あんな最低野郎のことをずっと考えるなんて、そんなのぼくが嫌です。
しばらく、ぼくのことで、頭がいっぱいになればいい」
「……え?」
無情にも、ドアが閉まる。
ガラスの向こうの初瀬さんの顔は真っ赤だけど、それをもはや隠そうなんて感じはなく、ただまっすぐに、わたしを見つめていた。
電車が動く。
夜のとばりで電車の窓に映る自分の顔は、とんでもなく間抜けな顔をしていて。
……やりやがったな、初瀬直樹。
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