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そうしてしばらく他愛ない話をしていると、店のドアベルがカランと鳴った。
「すみません、戻りましたー」
落ち着いた声が店内に響いた。
背丈は割と高め。
黒い髪、ちょっと癖ッ毛。
ゆったりとしたVネックセーターにチノパンというラフな格好に身を包んだ20代半ばくらいの彼は、わたしを見ると、優しく微笑んだ。
「あぁ、いらっしゃいませ、明日香さん」
そう言って、彼、初瀬直樹は、軽く会釈をした。
「さっきは私服で失礼しました。今日は仕事が早く終わったんですか?」
セーターからかっちりしたベストに着替えた彼は、にこやかな表情を浮かべてわたしに聞いた。
わたしは大きく首を縦に振る。
「そうなんですよ!先輩が早く終わりにしていいって。
ラッキーですよね。こんな早く初瀬さんに会えましたもん」
「もう……そんなこと言うと期待しちゃいますよ、ぼく」
そう言って、彼は笑った。
わたしも笑う。
こんな冗談が通じる相談相手がいるのって、すごいいいと思うんだ。
何がいいと聞かれ、わたしはバイオレットフィズを注文した。
頷いてグラスを選ぶ彼の背中に、わたしはふと呟いた。
「でも……やっぱ、好きなんですよねぇ」
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