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初瀬さんは右手でシェイカーをくるりと回転させるように持ち上げた。
見慣れた彼の無駄のない動きを見ながら、わたしは呟く。
「…そういえば、初瀬さんは、彼女、いないんですか?」
「…え?それはまたいきなりですねぇ」
彼は困ったように最後のシェイキングを終えると、あらかじめ用意してあったグラスに中身を注いだ。
淡い紫がなんとも鮮やかだ。
「まぁ、なんというか…好きな人はいますけどね」
そういって彼はわたしにグラスを差し出す。
その美しいすみれ色に、一瞬で心を奪われる。
心地よい瞬間だ。
わたしはグラスに手を伸ばしながら、口を開いた。
「そうなんですか。告白したらいいのに。
初瀬さん優しいしイケメンだし、絶対成功しますよ」
そう言ってわたしはグラスを傾ける。
「おいしいです」
彼はにっこり笑いながら会釈をした。
「ありがとうございます。
でも、優しいとかイケメンは買い被りすぎですよ」
「またまた。結構初瀬さん目当てで来る女性客多いじゃないですか。
……ま、わたしもなんですけどね」
「あ、またそうやってぼくをまどわせますね?」
そう言って彼はわざとすねるそぶりをする。
それにわたしが「すみません」と笑いながら言って。
こんな初瀬さんとの時間は、まさに至福の一時だ。
そこで、ドアがカランと音を立てて開いた。
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