いつもの金曜、午後5時半

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 反射的に、初瀬さんとマスターが「いらっしゃいませ」と声を重ねる。  その先にいたのは。 「マスター、左奥の席を2つ、いいですか」  見慣れているのに、はじめて聞く声。  左隅のカレだった。  ……でも、2つ?  マスターはどうぞと、上着を預かる。  カレがマスターの方向に体をずらすと、それまで彼に隠れて見えなかった、小柄の女性が現れた。  カレは、彼女の上着を預かって、それもマスターに渡した。  ……え?  わたしはふと、初瀬さんを見た。  彼は口を少し開けて、その様子をただただ見ているところだった。  ……初瀬さん、なんか言ってくださいよ。 そんなわたしの後ろを、二人が、腕を組みながら通りすぎる。 「恥ずかしいからやめろよ」「いいじゃん減るもんじゃないし」。 そんな会話が耳を通り抜けた。 わたしは、とうとう言葉も出ないままうつむいた。
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