東陸一《あずまりいち》

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「あ、下ります」 と言ったのは渋谷だ。 俺はそれに従った。元いた場所にもどって、またジュエリーアズマの店舗が見えてしまった。 ねーちゃんの、死ぬほど好きだった人が、渋谷。叫びだしたいほど拒絶したい事実だが、確かに、今までのねーちゃんの言動を組み合わせてみると、合点がいく部分の方が多くて、どんな風に受け止めればいいのか分からなかった。 「東君? とりあえず、あそこ入ろ? あそこなら、この時間、まず誰もいない」 渋谷が顎をしゃくった先にあったのは、この施設の中にある、トラットリアだった。大型チェーン店ではない上、特に安くもなく、高くもなく、特別な感じもしない。高校生の俺たちだって、じきに潰れる。とうわさしてしまう店だった。 「あ、ああ」 じわりと湧き出していた額の汗を指先ではらった。 .
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