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「ようし……」
唾を飲んで緊張の一瞬。
震える右手をゆっくり持ち上げ、そっと冷たいボタンに触れた。
そこから力を入れる時には、頭の中は真っ白だった。
何を話そう? 何て名乗ろう? 変な奴って思われたりしない?
ただ、その黒い四角い箱が取り付けられた壁の向こう側。どんな人だろう。
自分に向けて首を振った。
怖く無いよ! 大丈夫!
ピンポーン。
「あっあの」
え?
相手から返事がない……。
誰も出ない。
ももも、もう一度押してみる?
ピンポーン。
「あっ……あ?」
ピンポーン。
首を傾げ、もう一度表札を確認しに階段を降りた。階段までピッカピカに磨かれているので踏むのが申し訳なくなる。
表札の文字は、この間もらった(ぐしゃぐしゃにしてしまった)書類に書かれていた文字と同じ。
昨夜
昨日の、夜。難しい読み方なんて無く、そのまま。さくや、とよむ。苗字だ。
私の両親は、私が3歳の時に離婚してしまったらしい。でも、別に悲しくはない。というか、その後すぐに孤児院みたいな場所で生活を始めたから、親なんて知らない。顔だって覚えていない。
祖父母にはあった事すらないし、いとこも勿論会ったことない。もし、仮にいとこがいたとしても、名前だって知らない。
一人っ子で、兄弟もいない。なのに、母と父は私とは違う、それぞれ別の家で生活しているんだって。
私の孤児院を管理しているのは厳しいおばさんだった。
おばさんの会社は、高校生バイトの「メイド」を専門とする会社で、私を含める20人ほどの孤児院の高校生が働いていた。
ある人はメイド喫茶に雇われ、ある人は大企業社長のおぼっちゃまの面倒を見たり。
そして、ついに年がきて、私の番になった。高校一年。昨日、高校一年になった。
昨夜様は、大手電気メーカーの社長さん&地主さんで、超、大金持ち。息子一人(と沢山の手伝いを置いて)旦那様と奥様が旅行に出かけるというので、今回手伝いを雇ったらしい。その手伝いが、私。本当に私で良いのかな……とも思いながら、昨夜様の豪邸へ来た。
やってみたら、案外なんとかなるかな? いやいや、なんとかならないと駄目だ。
気合を入れてきたのはいいが。
緊張してさっきから筋肉がつっている。
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