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少しずつ暖かくなってきたこの時期の空には白い綿雲が浮かび、春の訪れを告げている。
「なぁ、テイは桜を見たことあるか?」
「ないと思う。聞いたことはあるけど。」
幼い時にここにぶち込まれたのだ。一般的なことは知らないことの方が多い。でも、聞いたことはある。
『桜は儚い』
やっと咲いたとしても咲き誇る時間は短く散ってしまうから、と。
だけど、桜が咲くときっと兄貴は笑顔になる。
兄貴が笑ってくれるのなら俺もきっと笑顔になるはずだ。
「ここを出たら、桜を見せてやるよ。」
「…あぁ、近いうちに叶うといいな。」
そんなことはあり得ないことは知っている。
ここから抜け出すことなど出来はしないのだから。
だけど、希望を告げてしまった。そうなって欲しいから…だが、そう言ったのがいけなかった。
その日の夜。
俺は薄暗い荒野の真ん中で独り、泣いていた。
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