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すぐ永坂に電話をして参加を了承してくれたことに感謝し、頼まれて出席していることは内密にして欲しいと頼み込み、時間と場所を伝えた。
夕食代は会社で負担するので後でレストランの請求書を回わしてくれ、と沙希が付け加えたところ、自分のメシ代ぐらい自分で払いますよ、と永坂は電話の向こうで少し不機嫌な声を出した。
すっぽかされるぐらいだったら、電話でとはいえあんなに丁重に言葉をつくして頭を下げることはなかった、と沙希は舌打ちしたい気分だ。
七時十五分になっても彼が来なかったので、参加者が一人足りないまま上の階に位置するレストランのテーブル席に移ってもらうことにした。
このレストランは、二十階にあるバーから二十一階のテーブル席に行くのにわざわざ専用のエレベーターに乗らねばならない、という不思議な構造だ。
店にとって酒の販売は利益率が高いので、ひとまずバーでアペリティフを一杯やってから食事に移って欲しいということらしい。
しかもエレベーターの中は、客に愛を囁いてもらおうとの配慮なのか異常に薄暗く、内壁の色は艶かしい真紅で、客をレストランに先導するたびにこちらまで気恥ずかしくなる。
女性会員の一人は今宵の男性陣が欠けていることに明らかに不満な様子で、晶子は、困ったわね、というように肩をすくめてみせた。
明朝にでも今夜の女性客に謝りの電話を入れること、と頭にメモしながら、引き受けておきながら来ないで手間ばかり増やした永坂という男に腹が立つ。
会員を夕食のテーブルに送り出してから、沙希はバーに舞い戻った。
今夜に限ったことではないけれど、酒を一口飲まないことには落ち着かない。精神安定剤みたいなものだ。
「落合さん、マティーニちょうだい。ドタキャンだなんて、とんでもない男だわ」
カウンター席に座りながら、バーテンダーの落合にこぼす。
「いかにもむかついたっていう顔をしていますよ。沙希さんのそういう表情も悪くはないけれど、客に夢を売るデート・クラブの社員としてはヤバイんじゃないですかね」
「その、デート・クラブっていう表現はやめてよね。まるで援交かエスコート・サービスみたいで人聞きが悪い。うちの会社は、ディナー・クラブです。お間違えなく」
沙希は落合を軽くにらんだ。
マティーニを用意している彼の浅黒い手を見るともなしに見る。
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