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氷を入れたシェーカーをリズミカルに振り、出来上がったカクテルをきっちりグラスの縁まで丁寧に注いでいる、骨張った甲と長い指を持つ手。鼻につんとくる濃厚な酒の香り。
店内に低音で流れているフラメンコギターが低くあえぐようにうねり、押し殺した情熱を弾き語っている。
重い酒の瓶を軽々と扱う、頑強でそのくせ繊細さを兼ね備えた男の手。あの手は、もしかして女性を吟味し愛撫するために存在しているのだろうか。
肩越しに男の声がして、沙希の隠微な妄想が破られた。
「出逢いを求める人が集まるんだから、ディナー・クラブもデート・クラブも同じようなものじゃないですかね。ディナーを食べてデートするわけでしょう?」
落合との会話を盗み聞きしていたらしい男の言葉に憮然とし、沙希はストゥールを半回転させて後ろを振り向き、その闖入者を見た。
「それにしても、複数でデートするっていうのは合コンみたいで、それに参加するために大金を出すヤツの気が知れないな。早見さんでしょう? 永坂です。遅れてすみません」
永坂と名乗った背広姿の男は、口許に薄笑いを浮かべ、ものめずらしそうに沙希を見下ろしていた。
中肉中背、顔は可もなし不可もなしで、見るからにビジネスマンといった風貌の平均的な男だ。
職業柄つい男を品定めする癖がついてしまった自分を反省すると、沙希は自己紹介をしてから言い足した。
「うちの会社は緻密な資料や科学的な性格判断を駆使して、相性を勘案したお相手を一度に三人ご紹介しています。
それも、誠実なお付き合いをしたいという結婚願望のある人を、です。そこらの合コンとは大違いだわ」
「このレストランだとワインを飲んだら一万円はくだらないだろうから、紹介料の二万円と合わせて、一晩で少なくとも三万円かかることになる。結構な出費だと思うけれどね」
「三万円で素敵な出逢いが買えるのだったら、安いものだとお思いになりませんか?」
沙希はつい営業の口調で応じたが、永坂も譲らない。
「三万円で三人の異性を紹介してもらうということは、単純に割って一人あたり一万円ぐらいの出逢いということでしょう? まあ、それだけの価値のある女性達にはたして逢えるのか、楽しみにしていますよ」
永坂の皮肉を含んだ口調にむっとしたが、彼は無理を押して頼んだ大事なサクラであることを思い起こし、沙希は努めて儀礼的な微笑を浮かべた。
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