第1章 遅れて来た客

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「永坂さん、今回はご出席ありがとうございます。ぜひお食事を楽しんでいただきたいと思います。 先日電話でお話しましたように、こちらから参加をお願いしたことは内聞にお願いしますね。今夜ご出席の方は皆さん真剣に未来のパートナーを探していらっしゃる方達なので、なにとぞその点をよろしくご配慮下さい」  腰を滑らせてバーのストゥールからおり、永坂を促してエレベーターに向かう。  早足で歩く沙希の背後から彼の声が追い付いた。 「早見さん、見合いクラブの集まりって、モテない男と女が出逢いを求めて食事をするわけでしょう?」  失礼な質問を無視していると、永坂が重ねて尋ねてきた。 「どういう人達がこういうサービスを使うんですか?」 「お仕事が忙しくて異性に出逢う時間がない方や、条件のしっかりした相手を探していらっしゃる方々です」 「要するに、自分で見つけられない人や、高望みをして売れ残っている男と女ということですかね。誰でも入れるのかな?」 「うちはプレミアムのサービスを提供していますので、どなたにでも参加していただきたいというわけではありません」  あなたみたいな口の利き方をわきまえない方はお断り、とつい振り返って言ってやりたくなる。 「なるほど、質を高めるために会員を選別するというわけですか。だが選り好みすると、客が増えないし収益もあがらない。ビジネス上のジレンマですね」  初対面だというのに、永坂の言葉はいやに辛辣で容赦ない。これ以上会話を続けるのはエネルギーの無駄に感じられ、沙希は押し黙ったまま彼と共にレストランに行くエレベーターに乗り込んだ。  エレベーターの扉が閉まると急に暗闇が迫り、濃厚な口紅を思わせる卑猥な色の壁が淡い照明に浮かび上がった。まるで自分がこのエレベーターを演出したのかと思われかねず、気恥ずかしくなる。  カップルのためのような狭い奇妙な空間に、この男と二人だけで無言で閉じ込められているのが気まずくなり、沙希は仕方なく口を開いた。 「永坂さん、ご紹介をすませたら私は失礼しますので、後はよろしくお願いします」 「あれ、早見さんも食事を一緒にされるんじゃないんですか。残念だな」  永坂という男は傍に立っている沙希を横目で見下ろすと、いかにも残念だという顔をした。
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